じいちゃんの従軍手記
1 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:44:41.95 ID:y0+S2HYw0
需要ある?
本当はあんまり人に見せるなと言われたけどちょっと感動したのでつい…
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:45:03.82 ID:4I+smwcP0
これは期待
需要ある?
本当はあんまり人に見せるなと言われたけどちょっと感動したのでつい…
2 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:45:03.82 ID:4I+smwcP0
これは期待
11 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:50:23.91 ID:NqdFXiuT0
wikiで慰安婦調べてた俺にとってはタイムリーなネタ
wktk
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:51:23.04 ID:y0+S2HYw0
おk、特定されないように名前とかは伏せながらすすめるね
初VIPだからいろいろ不手際があったらスマソ
軍隊生活 昭和17~昭和20年
昭和19年9月30日朝鮮平壌野砲第×××部隊に入隊した。6か月の繰り上げ卒業で10日目には入隊した。入隊の日、武運長久ののぼりや、旗を持った20数人の人々から「買ってくるぞと勇ましく…」の合唱や、「入隊万歳」の声に送られて、**の駅を出発した。
この年は、サイパンが玉砕し、8月にはテニアンが玉砕、東京に初の大空襲があるなど、まさに国の危急存亡の時期であった。
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:58:18.38 ID:TUmslLDL0
ほうほう
つづきー
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:58:27.04 ID:y0+S2HYw0
すぐに第一線に出陣することは必定であったが、恐怖や不安がもちろん
これで親子の別れになるのだとか、再びこの地に変えることはないのだ
といった悲壮感はなく、また皇国のために一身をささげるのだという気
負いもなかった。健康で20歳を迎えた男子ならだれでもがやらなけれ
ばならないことで、当然のことと受け止めていた。
元山から平壌までの平元線を走る列車には同日付で入隊する人がほか
にいたと思うが、私の周囲にはそれらしい人はなくがら空きの客車に一
人座席に座った。手元には家族の写真と、お守り、洗面道具に、隣の娘
さんが作ってくれた千人針の腹巻を入れた袋があるだけだ。
入隊して軍服の支給がある、ふんどしを除きすべての支給品に着替え
る。支給されたものに名前を縫いこむことから仕事が始まる。3日間は
お客様扱いであったが、これを過ぎると一変して「しごき」が始まる。
「私の名前は●●です」と返事をしたとたんに雷が落ちる。「私…」では
なく「自分」であり、「…です」ではなく、「…であります」、シャツ・ズボ
ン下は、襦袢(じゅばん)、袴下、名札は肩袋、軍隊用語になれるのに一
苦労である。班長は軍曹で普段は班長室にいる、内務班には兵長と2~
3名の上等兵、数名の古年兵と、初年兵で構成されている。
手間取った、適度に改行入れなきゃいけんのか
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:59:03.22 ID:yMwmg5RQ0
末期戦の、一番大変なときじゃないか…wktk
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:59:25.05 ID:k07AxqQJ0
これ貴重な歴史資料じゃね?新聞社に売れよ
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:01:25.87 ID:y0+S2HYw0
>>18 それも考えたけど、じいは多分うんっていわないし、お金よりもみんなに知ってほしかったんだ
部屋は両側に二段ベット、中央に長机と長椅子がある。初年兵は部屋で
寛ぐことはない。演習が終わって帰ると、先輩のを含めて兵器の手入れ、
靴の掃除、洗濯、食事の準備と朝起きて寝るまで片時も休むことはない。
食事の時間は大変である。階級順に用意をする。丼に次がれた御飯の山は
、下位に来るほど低くなる。初年兵の丼には底のほうにかすかにあるだけ。
食後古年兵の残飯がいただけるのが食事当番の役得である。そのためにも
はじめから山盛りに注いでおくのだ。
食糧難は軍隊にもあったが、その被害を受けるのは初年兵である。週一回
甘味品(菓子類)の配給が有るが、初年兵にも割ってくるのは「おこわ」が湯呑
にいっぱいあればよいほうだ。次々にピンはねされていた。
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:01:54.63 ID:NqdFXiuT0
すげーなんかリアルだな・・・
wktk
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:03:08.85 ID:yMwmg5RQ0
組織内のいじめはいつの世でも同じか…
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:10:07.96 ID:ep8NAr1b0
俺も祖父ちゃんが生きてるときに昔の話聞きたかったなぁ
色々とすごい人だったらしいし
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:04:40.94 ID:hsY+Dxqp0
これは読みやすく修正してるのか?
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:11:16.23 ID:y0+S2HYw0
>>28 先回りするけど、じいはこの後シベリア送りになり書いたもの没収されるので、これは後にワープロの練習用に書いたものです。
でその印刷したものを私が手打ちしているので、誤植も多々あるかと 汗
入隊後1カ月ぐらいして母が面会に来てくれた。衛兵詰所の裏にある面会所
での面会が許された。重箱にはいっぱい「おはぎ」や「すし」がはいっていた。
この時代によくもこれだけのものが用意できたものだと、涙が出るほどうれし
かった。入隊して面会が有ったのは後にも先にも、この一回限りであった。
後で知ったことだがその後母は面会に何度か来たようだが会わしてもらえず
帰っていたようだ。
風呂は二日に一回あったが初年兵がはいることは、しまい風呂でぬるま湯が
浴槽に半分しかない、しかも汚れて白濁していた。「はいれ」の号令で一斉に
入ると、ろくに洗う暇もなく「出ろ」と号令がある。「からすの行水」というが
それ以上である。
物を紛失したら大変である。「なくなりました」では済まされない。代わりを
見つけなければならない、いわゆる「員数をつける」のだ(どこかで同じものを盗
んできて数を合わせる)。洗濯物干し場には必ず監視がいるほかの部隊からの「員
数つけ」を防止するためである。洗濯物はまだましなほうである。靴、帯剣、銃
等々…
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:13:52.39 ID:y0+S2HYw0
隣の内務班の班長は基地外じみていた。毎晩点呼の後初年兵を集めて制裁が
ある。「上靴ビンタ」(皮で作ったスリッパ)どころではない。木銃で思い切り胸
を衝くので、ひとたまりもなく倒れる。倒れた時打ち所が悪いとそのまま失神
する。毎晩これを見ていると、叩かれながらもわが班でよかったと、不思議と
安心感があった。
軍隊生活は運の善し悪しが苦労を2倍にも3倍にもする。内務班では古年兵
にそれぞれ初年兵が世話係で割り当てられる。その古年兵によって、軍隊生活
が地獄になるか、極楽になるかが決まる。意地の悪いものにあたると、何かと
因縁をつけていじめる。そのためノイローゼや自殺をする者も出た。
私がついたA上等兵は、京都大学に在学中に入隊したが幹部候補生になるの
を嫌い万年上等兵で甘んじて、炊事兵をしていた。炊事の仕事を終って、消灯
後に班に帰ってくるのであまり話すことはなかった。
予想以上に進みが早くて書きだめしといたのがなくなりそう…
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:15:38.96 ID:3vPpqQNZ0
戦時中にも幹部候補生ってあったのか?
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:17:16.55 ID:xJStpsL50
>>42
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B9%E9%83%A8%E5%80%99%E8%A3%9C%E7%94%9F
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:17:54.93 ID:y0+S2HYw0
夜の点呼後のしごきが終わり、藁布団に入って、やっと張りつめた気持ちから
解放され、消灯ラッパの哀愁を帯びた響きに駆り立てられる郷愁をじっと耐えて
いると、帰ってきた上等兵殿そっとベットにまんじゅうを入れてくれたのだ。
毛布をかぶり泣きながら食べた。
後に私がひどい下痢が続いたときがあった。起床ラッパが鳴ると必ず用をも
よおす。耐えきれず寝具をそのままにして、便所に飛び込み用をたして戻ってみ
ると、すでに全員屋外に点呼に出た後である。そのままにしていた筈の寝具は奇
麗に整理されていた。点呼の後は厩舎で馬の手入れをするのでそっと厩舎に先回
りした。あの厳しい軍隊でなぜ事なきを得たのかいまだに疑問である。多分A上
等兵が私に代わって点呼に出ていたのではなかろうか。面倒をみなければならな
い私が、彼から見てもらっていたのだ。彼が私のために蔭でしていたことは一度
も話してくれなかった。私もお礼をいう機会もなく分かれてしまった。
ストックが尽きたorz
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:19:23.58 ID:PNBTeyWP0
軍隊のいじめって相当酷いみたいだな
環境が荒んでるから仕方ないのか
この前米軍でも問題になってたけど
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:21:52.68 ID:X/PaJuKk0
友達のじいちゃんもシベリア帰りだったけど、小さい頃に糞さみいwwww小便マジで凍るぜwwwって話してくれたなあ
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:22:11.57 ID:PNBTeyWP0
うちのじいちゃんは硫黄島送りかそれ以外かの2択に迫られたことがあるって言ってた
硫黄島だったら俺産まれてないな
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:25:27.39 ID:y0+S2HYw0
私が下痢で苦しんでいる時、彼が私の側にいなかったら、発狂した戦友と同じ
運命をたどっていたであろう。
獣医の見習士官を目標としていたが、一期は兵科と一緒に教育訓練を受けた。
野砲には砲手、観測、通信、馭(ぎょ)者にわかれる。わたしは馭者となった。
馭者は3人で6頭の馬をつかつて野砲をひくのだ。馬扱いに慣れていたので中隊
一の暴れ馬を担当させられた。その馬の名は「田野」。兵隊を二人蹴り殺したと言
われた、いわくつきの馬である。尻尾にも、鬣(たてがみ)にも、危険なしるし
である赤い布がつけられてた。
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:28:44.81 ID:4I+smwcP0
すげー馬か
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:29:07.92 ID:y0+S2HYw0
許しを得て、営庭で馬と根競べをした。暴れる馬に乗って徹底的に走らせた。
ついに馬は音を上げ、以来私には猫のようにおとなしくなった。この馬が後に
私がシベリヤに送られるため、**の港から乗船した時、偶然にも波止場に来
ていたソ連軍の将校が乗っていたのである。戦場から思わず大声で「田野」と呼ぶと、
その声が聞こえたのか馬は両前足を上げて「ヒ、ヒ、ン…」と大きく嘶いた。
覚えてくれていたのだ。しばし「田野」との別れを惜しんだ。
67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:30:57.29 ID:+6XNsBcD0
田野…
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:35:57.68 ID:y0+S2HYw0
一期の検閲が終わり甲種幹部候補生となり獣医見習士官の道を歩むことになった。
この年の冬はことのほか寒く-10℃を下ることがしばしばであった。昭和20年の
年も明けた頃から、下痢はますますひどくなり体力も次第に減退し、40℃の熱
が続きついに作業中に意識不明となった。発疹チフスにかかっていたのだ。意識
が戻ったのは、陸軍病院に入院して1週間目であった。その間いろいろの夢を見た。
広い部屋に一人ベットに寝かされている。背中から腰が痛むが寝返りができない、
人を呼ぼうとするが声が出ない。時折看護婦がドアーを開けて中を覗くので、声を
かけるが取り合ってもらえない。母が枕元に来て、「ここでは十分な治療が出来な
い、玄関に車を待たしているので早く帰ろう」と諭されて私物を奉公袋に入れ
て病室を出た。後日聞かされたことだが、奉公袋をひきづって廊下を這いまわっ
ていたとのこと。1週間は生死の境をさまよっていた。意識が戻ってからもしば
らくは目の前にベールがかかったようであった。
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:41:31.50 ID:y0+S2HYw0
年の頃14歳から15歳ぐらいの見習看護婦が小さな鉢に「すみれ」を一つ入れて
枕元に持ってきて「候補生殿、庭にすみれが咲いていました。可愛いでしょう、もう
春ですね」。
昭和20年4月上旬、厳しかった冬は去り平壌の地にも春が訪れた。
「もう春ですね」この言葉を聞いたとき、入隊して6カ月間悪夢のように過ぎた日々
から解放されるような思いがし、看護婦の姿が天使のように美しかった。親元を遠く
離れて働いている若い娘さんには私以上に春が待たれていたことだろう。
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:43:43.75 ID:yMwmg5RQ0
今の平壌にも早く春が来ますように…
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:48:00.91 ID:y0+S2HYw0
まもなく退院して、しばらく獣医務室に勤務し、5月に新京の***部隊(軍馬防疫所)
に配属になった。獣医部見習士官の教育機関である。朝、満州の各部隊から幹部候補
生が派遣されてきた。久しぶりに部隊を分かれていた同級生たちに再開することが出来た。
このころには体調も完全に回復し、軍事訓練を受けている学生のような気分で久しぶり
にリラックスした軍隊生活を送ることが出来た。
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:53:12.53 ID:y0+S2HYw0
8月8日ソ連が突如、日ソ中立条約を一方的に破棄して日本に宣戦布告し、満州国境
を越えて侵入してきた。当時最強を誇っていた関東軍は南に転身していたので、ソ連
軍になんの抵抗もせず侵入を許してしまった。
新京の街にも毎日のようにソ連機が飛んできて焼夷弾をおとしていた。8月15日の
停戦後もソ連軍は在留邦人にたいする残虐な攻撃を加え、近代史上まれにみる終戦
秘話が発生し未だに解決されない孤児問題が残されている。。
これについてはいろいろ意見があるだろうが、戦争に負けるっていうのは悲惨なんだな。
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:01:49.98 ID:k07AxqQJ0
>戦争に負けるっていうのは悲惨なんだな。
何言ってんだ戦争自体が悲惨だろ
>>90 おっしゃる通り
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:00:59.59 ID:y0+S2HYw0
幹部候補生に原隊復帰の命令が出た。新京の駅には帰国を急ぐ邦人でいっぱいである。
何時出発するともわからない輸送列車を待っている中を、心を残しながら特別仕立て
の軍の輸送列車に乗って一路南下した。奉天、安東、新義州を通って平壌についた。
運命の岐路が待ち構えていた。下車して原隊に復帰するか、このまま南鮮に直行する
かで、意見が分かれた。列車が動き出した。その瞬間下車を主張したものに引きづら
れるように、全員下車してしまった。この数秒の判断でこの年のうちに日本内地に復
員することが出来たのに、昭和23年11月まで約2年半のシベリヤで抑留生活を送
ることになった。
あと2ページほどで1章が終わるのでそこまで続けます。
罪悪感もあるけど、伝えたいという気持ちと葛藤しているのが正直なところ。
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:04:41.03 ID:gROrMcbr0
全何章あるの?
>>94 シベリア抑留がこの後にあり、全2章です
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:07:53.29 ID:y0+S2HYw0
原隊復帰は丁度終戦の日であった。雑音がはいつて聞き取れない天皇の放送を、心を
一点に集中して聞いた。これで戦争は終わったのだ。全身から力が抜け虚脱状態となる。
まもなく武装解除が行われ平壌郊外の***に捕虜として収容された。兵舎を出発して
徒歩で丸一日かかって収容所についた。当面必要とする衣類、寝具、食料等を持てる
だけ背負って出発したが、日本の将校から取り上げた軍刀を腰にした朝鮮の保安隊に
総て取り上げられた。取り上げられた品物は道の両側に山と積まれた。その中から
乾パンを探し、袋を破ってコンペイトウだけ取り出しそっと隠しもった。
昼間を牽いていた軍馬も主を失い途方に暮れ佇んでいた。
さすがに、こういった内容をじいが表に出る形で公表すると、じいが傷ついてしまうな…
じいを今一番傷つけているのは俺だが
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:12:47.62 ID:hsY+Dxqp0
従軍手記というか回顧録?
>>104 そのほうが適切だったね
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:15:41.35 ID:y0+S2HYw0
その年の10月三合里から**線で**に送られた。丁度一年前歓呼の声に送られて
入隊した時に通った**線を、今は捕虜の身で戻るのである。沿線の景色は少しも変
わっていない。**は小学校時代過ごした××に近く、なじみのある土地だった。窒
素会社があり、われわれはその社宅に収容された。10畳の部屋に20名単位で入れ
られた。畳一枚に二人で寝ることになり、夜中に便所に行くともう寝る場所がなくな
る。特別に仕事はない、日課は「しらみ」とりぐらいである。
114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:27:05.96 ID:y0+S2HYw0
ひと冬ここで過ごした。
人間どんな苦境にあってもその中で、楽しみを見つけるもので、各地の名物や郷土料理
に花を咲かせて空腹を紛らわしたり、「コックリさんコックリさん何時かえることが出来
ますか」と、あてもない希望をコックリさん遊びにその願を託していた。
8月8日ソ連が参戦して8月10日には雄基、羅津8月13日には清津とソ連軍は上陸、
ソ連の飛行機からは「ソ連は日本に宣戦布告セリ。ソ連軍は朝鮮人民解放のため進行する。
朝鮮人民は所在・所在で決起し日本人を殺傷せよ」のビラがまかれ復仇的拷問や、朝鮮独立
の歓声とともに法人に対する暴行事件が頻発していた。
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:27:09.70 ID:Z9GiXGQJ0
戦争中のことは誰にも何も語らず死んでいく爺さん多いからな
こういうのを残しておくことは意義がある
出来れば、爺さんが生きてるうちに公開することを説得してほしいけどな
後世に伝えることで、戦争中の体験もまったくの無駄ではなくなるだろう
118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:30:02.32 ID:yMwmg5RQ0
ソ連軍はそのようなビラをまいていたのか…悲しいわ
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:35:21.05 ID:y0+S2HYw0
**には北のほうから避難してくる邦人がぞくぞくと流れ込み、女性は髪を切り顔を煤で
黒く塗りぼろぼろの衣服をまとっていた。男性は殺されているか、捕虜になっているかで
あまり見かけない。時折食料受領のために郊外に出た。南にのがれるために歩いてる避難
民に監視の目を盗んで米を袋に入れて投げる。見つかれば自動小銃で威嚇される。命がけ
だが、私たちが出来るせい一杯の行為であった。
5月興南の港から船に乗った。いよいよ日本に帰るのだ、途中自動小銃を手にしたソ連兵
に「モスクワ」ときくと「ニエット」と答え「東京」と聞くと「ダァー」と答える。船は夜半に
出帆した。朝起きて海を見ると船の左舷に島が見える、当然日本海の大海原にいるはずな
のに何故島が見えるのか・・・・。それでもまだ帰国を信じていた。それもその日の夕方
には完全に失望した。島影はその日一日船の左舷から消えなかった。朝鮮半島を北上して
シベリヤに送られていた。
とりあえず以上です。
123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:36:23.73 ID:yMwmg5RQ0
これからがほんとうの地獄だ…
125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:42:03.73 ID:LK9HmYwMP
俺の爺ちゃんもシベリアにいたとかいないとか
126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:44:36.09 ID:y0+S2HYw0
仮に、まとめに載せるときは部隊名と平壌や新京といった著名な地名以外は伏せてお願いします。
あと、ロシア人は個人個人はいい奴だったとじいはいっていました。
ほんとはシベリア編のほうこそ伝えたかったけど、これについてはいろんな本が出てるし、興味を持った方がいたら調べてみてください。
たぶん、第2章は載せません。
では消えます。
じいごめんね、ありがとう。
あなたがあなたが頑張ったから今の私がいます。
こんな屑みたいな孫で本当にごめん。
129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:47:17.09 ID:epdu6alu0
これってじいちゃんが最近書いたものなんだよね?
それなら人に見せるなっていうのは照れくさいからなんじゃないかな
とにかく>>1乙
いいもの読ませてもらった
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:58:15.03 ID:L2sr75dXO
貴重な話しをありがとう>>1
続きは気になるがじいちゃんとの約束なら仕方ない
146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 17:04:31.05 ID:Z9GiXGQJ0
被害者としての経験を語るより
加害者としての経験を語るほうがよほど辛いだろうな
親戚の爺さんも上官の命令で捕らえた中国兵を銃剣で刺し殺したって言ってたわ
しかしそういう命令を下した上官が自分で語った話は聞いたことがない
148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 17:08:27.72 ID:pSp2Qzlq0
命がけの親切とかじいちゃん凄いな
自分の身も危ういのに他人の心配ができるなんて
169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 20:02:50.13 ID:jlCtaHkB0
>>1の文だけ抜き出して読んだ
面白かった
2章も是非別の機会にでも
まぁ、戦争なんて勝っても負けても一番割に合わないのは、下っ端だよな
171 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 20:29:18.78 ID:Eo+Jhv6CO
2章も待ってる
この話は後世に伝えるべき
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wikiで慰安婦調べてた俺にとってはタイムリーなネタ
wktk
12 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:51:23.04 ID:y0+S2HYw0
おk、特定されないように名前とかは伏せながらすすめるね
初VIPだからいろいろ不手際があったらスマソ
軍隊生活 昭和17~昭和20年
昭和19年9月30日朝鮮平壌野砲第×××部隊に入隊した。6か月の繰り上げ卒業で10日目には入隊した。入隊の日、武運長久ののぼりや、旗を持った20数人の人々から「買ってくるぞと勇ましく…」の合唱や、「入隊万歳」の声に送られて、**の駅を出発した。
この年は、サイパンが玉砕し、8月にはテニアンが玉砕、東京に初の大空襲があるなど、まさに国の危急存亡の時期であった。
14 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:58:18.38 ID:TUmslLDL0
ほうほう
つづきー
15 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:58:27.04 ID:y0+S2HYw0
すぐに第一線に出陣することは必定であったが、恐怖や不安がもちろん
これで親子の別れになるのだとか、再びこの地に変えることはないのだ
といった悲壮感はなく、また皇国のために一身をささげるのだという気
負いもなかった。健康で20歳を迎えた男子ならだれでもがやらなけれ
ばならないことで、当然のことと受け止めていた。
元山から平壌までの平元線を走る列車には同日付で入隊する人がほか
にいたと思うが、私の周囲にはそれらしい人はなくがら空きの客車に一
人座席に座った。手元には家族の写真と、お守り、洗面道具に、隣の娘
さんが作ってくれた千人針の腹巻を入れた袋があるだけだ。
入隊して軍服の支給がある、ふんどしを除きすべての支給品に着替え
る。支給されたものに名前を縫いこむことから仕事が始まる。3日間は
お客様扱いであったが、これを過ぎると一変して「しごき」が始まる。
「私の名前は●●です」と返事をしたとたんに雷が落ちる。「私…」では
なく「自分」であり、「…です」ではなく、「…であります」、シャツ・ズボ
ン下は、襦袢(じゅばん)、袴下、名札は肩袋、軍隊用語になれるのに一
苦労である。班長は軍曹で普段は班長室にいる、内務班には兵長と2~
3名の上等兵、数名の古年兵と、初年兵で構成されている。
手間取った、適度に改行入れなきゃいけんのか
17 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:59:03.22 ID:yMwmg5RQ0
末期戦の、一番大変なときじゃないか…wktk
18 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 14:59:25.05 ID:k07AxqQJ0
これ貴重な歴史資料じゃね?新聞社に売れよ
22 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:01:25.87 ID:y0+S2HYw0
>>18 それも考えたけど、じいは多分うんっていわないし、お金よりもみんなに知ってほしかったんだ
部屋は両側に二段ベット、中央に長机と長椅子がある。初年兵は部屋で
寛ぐことはない。演習が終わって帰ると、先輩のを含めて兵器の手入れ、
靴の掃除、洗濯、食事の準備と朝起きて寝るまで片時も休むことはない。
食事の時間は大変である。階級順に用意をする。丼に次がれた御飯の山は
、下位に来るほど低くなる。初年兵の丼には底のほうにかすかにあるだけ。
食後古年兵の残飯がいただけるのが食事当番の役得である。そのためにも
はじめから山盛りに注いでおくのだ。
食糧難は軍隊にもあったが、その被害を受けるのは初年兵である。週一回
甘味品(菓子類)の配給が有るが、初年兵にも割ってくるのは「おこわ」が湯呑
にいっぱいあればよいほうだ。次々にピンはねされていた。
24 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:01:54.63 ID:NqdFXiuT0
すげーなんかリアルだな・・・
wktk
25 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:03:08.85 ID:yMwmg5RQ0
組織内のいじめはいつの世でも同じか…
34 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:10:07.96 ID:ep8NAr1b0
俺も祖父ちゃんが生きてるときに昔の話聞きたかったなぁ
色々とすごい人だったらしいし
28 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:04:40.94 ID:hsY+Dxqp0
これは読みやすく修正してるのか?
36 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:11:16.23 ID:y0+S2HYw0
>>28 先回りするけど、じいはこの後シベリア送りになり書いたもの没収されるので、これは後にワープロの練習用に書いたものです。
でその印刷したものを私が手打ちしているので、誤植も多々あるかと 汗
入隊後1カ月ぐらいして母が面会に来てくれた。衛兵詰所の裏にある面会所
での面会が許された。重箱にはいっぱい「おはぎ」や「すし」がはいっていた。
この時代によくもこれだけのものが用意できたものだと、涙が出るほどうれし
かった。入隊して面会が有ったのは後にも先にも、この一回限りであった。
後で知ったことだがその後母は面会に何度か来たようだが会わしてもらえず
帰っていたようだ。
風呂は二日に一回あったが初年兵がはいることは、しまい風呂でぬるま湯が
浴槽に半分しかない、しかも汚れて白濁していた。「はいれ」の号令で一斉に
入ると、ろくに洗う暇もなく「出ろ」と号令がある。「からすの行水」というが
それ以上である。
物を紛失したら大変である。「なくなりました」では済まされない。代わりを
見つけなければならない、いわゆる「員数をつける」のだ(どこかで同じものを盗
んできて数を合わせる)。洗濯物干し場には必ず監視がいるほかの部隊からの「員
数つけ」を防止するためである。洗濯物はまだましなほうである。靴、帯剣、銃
等々…
40 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:13:52.39 ID:y0+S2HYw0
隣の内務班の班長は基地外じみていた。毎晩点呼の後初年兵を集めて制裁が
ある。「上靴ビンタ」(皮で作ったスリッパ)どころではない。木銃で思い切り胸
を衝くので、ひとたまりもなく倒れる。倒れた時打ち所が悪いとそのまま失神
する。毎晩これを見ていると、叩かれながらもわが班でよかったと、不思議と
安心感があった。
軍隊生活は運の善し悪しが苦労を2倍にも3倍にもする。内務班では古年兵
にそれぞれ初年兵が世話係で割り当てられる。その古年兵によって、軍隊生活
が地獄になるか、極楽になるかが決まる。意地の悪いものにあたると、何かと
因縁をつけていじめる。そのためノイローゼや自殺をする者も出た。
私がついたA上等兵は、京都大学に在学中に入隊したが幹部候補生になるの
を嫌い万年上等兵で甘んじて、炊事兵をしていた。炊事の仕事を終って、消灯
後に班に帰ってくるのであまり話すことはなかった。
予想以上に進みが早くて書きだめしといたのがなくなりそう…
42 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:15:38.96 ID:3vPpqQNZ0
戦時中にも幹部候補生ってあったのか?
47 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:17:16.55 ID:xJStpsL50
>>42
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B9%E9%83%A8%E5%80%99%E8%A3%9C%E7%94%9F
48 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:17:54.93 ID:y0+S2HYw0
夜の点呼後のしごきが終わり、藁布団に入って、やっと張りつめた気持ちから
解放され、消灯ラッパの哀愁を帯びた響きに駆り立てられる郷愁をじっと耐えて
いると、帰ってきた上等兵殿そっとベットにまんじゅうを入れてくれたのだ。
毛布をかぶり泣きながら食べた。
後に私がひどい下痢が続いたときがあった。起床ラッパが鳴ると必ず用をも
よおす。耐えきれず寝具をそのままにして、便所に飛び込み用をたして戻ってみ
ると、すでに全員屋外に点呼に出た後である。そのままにしていた筈の寝具は奇
麗に整理されていた。点呼の後は厩舎で馬の手入れをするのでそっと厩舎に先回
りした。あの厳しい軍隊でなぜ事なきを得たのかいまだに疑問である。多分A上
等兵が私に代わって点呼に出ていたのではなかろうか。面倒をみなければならな
い私が、彼から見てもらっていたのだ。彼が私のために蔭でしていたことは一度
も話してくれなかった。私もお礼をいう機会もなく分かれてしまった。
ストックが尽きたorz
51 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:19:23.58 ID:PNBTeyWP0
軍隊のいじめって相当酷いみたいだな
環境が荒んでるから仕方ないのか
この前米軍でも問題になってたけど
54 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:21:52.68 ID:X/PaJuKk0
友達のじいちゃんもシベリア帰りだったけど、小さい頃に糞さみいwwww小便マジで凍るぜwwwって話してくれたなあ
55 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:22:11.57 ID:PNBTeyWP0
うちのじいちゃんは硫黄島送りかそれ以外かの2択に迫られたことがあるって言ってた
硫黄島だったら俺産まれてないな
58 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:25:27.39 ID:y0+S2HYw0
私が下痢で苦しんでいる時、彼が私の側にいなかったら、発狂した戦友と同じ
運命をたどっていたであろう。
獣医の見習士官を目標としていたが、一期は兵科と一緒に教育訓練を受けた。
野砲には砲手、観測、通信、馭(ぎょ)者にわかれる。わたしは馭者となった。
馭者は3人で6頭の馬をつかつて野砲をひくのだ。馬扱いに慣れていたので中隊
一の暴れ馬を担当させられた。その馬の名は「田野」。兵隊を二人蹴り殺したと言
われた、いわくつきの馬である。尻尾にも、鬣(たてがみ)にも、危険なしるし
である赤い布がつけられてた。
63 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:28:44.81 ID:4I+smwcP0
すげー馬か
64 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:29:07.92 ID:y0+S2HYw0
許しを得て、営庭で馬と根競べをした。暴れる馬に乗って徹底的に走らせた。
ついに馬は音を上げ、以来私には猫のようにおとなしくなった。この馬が後に
私がシベリヤに送られるため、**の港から乗船した時、偶然にも波止場に来
ていたソ連軍の将校が乗っていたのである。戦場から思わず大声で「田野」と呼ぶと、
その声が聞こえたのか馬は両前足を上げて「ヒ、ヒ、ン…」と大きく嘶いた。
覚えてくれていたのだ。しばし「田野」との別れを惜しんだ。
67 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:30:57.29 ID:+6XNsBcD0
田野…
70 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:35:57.68 ID:y0+S2HYw0
一期の検閲が終わり甲種幹部候補生となり獣医見習士官の道を歩むことになった。
この年の冬はことのほか寒く-10℃を下ることがしばしばであった。昭和20年の
年も明けた頃から、下痢はますますひどくなり体力も次第に減退し、40℃の熱
が続きついに作業中に意識不明となった。発疹チフスにかかっていたのだ。意識
が戻ったのは、陸軍病院に入院して1週間目であった。その間いろいろの夢を見た。
広い部屋に一人ベットに寝かされている。背中から腰が痛むが寝返りができない、
人を呼ぼうとするが声が出ない。時折看護婦がドアーを開けて中を覗くので、声を
かけるが取り合ってもらえない。母が枕元に来て、「ここでは十分な治療が出来な
い、玄関に車を待たしているので早く帰ろう」と諭されて私物を奉公袋に入れ
て病室を出た。後日聞かされたことだが、奉公袋をひきづって廊下を這いまわっ
ていたとのこと。1週間は生死の境をさまよっていた。意識が戻ってからもしば
らくは目の前にベールがかかったようであった。
72 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:41:31.50 ID:y0+S2HYw0
年の頃14歳から15歳ぐらいの見習看護婦が小さな鉢に「すみれ」を一つ入れて
枕元に持ってきて「候補生殿、庭にすみれが咲いていました。可愛いでしょう、もう
春ですね」。
昭和20年4月上旬、厳しかった冬は去り平壌の地にも春が訪れた。
「もう春ですね」この言葉を聞いたとき、入隊して6カ月間悪夢のように過ぎた日々
から解放されるような思いがし、看護婦の姿が天使のように美しかった。親元を遠く
離れて働いている若い娘さんには私以上に春が待たれていたことだろう。
76 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:43:43.75 ID:yMwmg5RQ0
今の平壌にも早く春が来ますように…
81 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:48:00.91 ID:y0+S2HYw0
まもなく退院して、しばらく獣医務室に勤務し、5月に新京の***部隊(軍馬防疫所)
に配属になった。獣医部見習士官の教育機関である。朝、満州の各部隊から幹部候補
生が派遣されてきた。久しぶりに部隊を分かれていた同級生たちに再開することが出来た。
このころには体調も完全に回復し、軍事訓練を受けている学生のような気分で久しぶり
にリラックスした軍隊生活を送ることが出来た。
86 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 15:53:12.53 ID:y0+S2HYw0
8月8日ソ連が突如、日ソ中立条約を一方的に破棄して日本に宣戦布告し、満州国境
を越えて侵入してきた。当時最強を誇っていた関東軍は南に転身していたので、ソ連
軍になんの抵抗もせず侵入を許してしまった。
新京の街にも毎日のようにソ連機が飛んできて焼夷弾をおとしていた。8月15日の
停戦後もソ連軍は在留邦人にたいする残虐な攻撃を加え、近代史上まれにみる終戦
秘話が発生し未だに解決されない孤児問題が残されている。。
これについてはいろいろ意見があるだろうが、戦争に負けるっていうのは悲惨なんだな。
90 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:01:49.98 ID:k07AxqQJ0
>戦争に負けるっていうのは悲惨なんだな。
何言ってんだ戦争自体が悲惨だろ
>>90 おっしゃる通り
89 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:00:59.59 ID:y0+S2HYw0
幹部候補生に原隊復帰の命令が出た。新京の駅には帰国を急ぐ邦人でいっぱいである。
何時出発するともわからない輸送列車を待っている中を、心を残しながら特別仕立て
の軍の輸送列車に乗って一路南下した。奉天、安東、新義州を通って平壌についた。
運命の岐路が待ち構えていた。下車して原隊に復帰するか、このまま南鮮に直行する
かで、意見が分かれた。列車が動き出した。その瞬間下車を主張したものに引きづら
れるように、全員下車してしまった。この数秒の判断でこの年のうちに日本内地に復
員することが出来たのに、昭和23年11月まで約2年半のシベリヤで抑留生活を送
ることになった。
あと2ページほどで1章が終わるのでそこまで続けます。
罪悪感もあるけど、伝えたいという気持ちと葛藤しているのが正直なところ。
94 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:04:41.03 ID:gROrMcbr0
全何章あるの?
>>94 シベリア抑留がこの後にあり、全2章です
97 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:07:53.29 ID:y0+S2HYw0
原隊復帰は丁度終戦の日であった。雑音がはいつて聞き取れない天皇の放送を、心を
一点に集中して聞いた。これで戦争は終わったのだ。全身から力が抜け虚脱状態となる。
まもなく武装解除が行われ平壌郊外の***に捕虜として収容された。兵舎を出発して
徒歩で丸一日かかって収容所についた。当面必要とする衣類、寝具、食料等を持てる
だけ背負って出発したが、日本の将校から取り上げた軍刀を腰にした朝鮮の保安隊に
総て取り上げられた。取り上げられた品物は道の両側に山と積まれた。その中から
乾パンを探し、袋を破ってコンペイトウだけ取り出しそっと隠しもった。
昼間を牽いていた軍馬も主を失い途方に暮れ佇んでいた。
さすがに、こういった内容をじいが表に出る形で公表すると、じいが傷ついてしまうな…
じいを今一番傷つけているのは俺だが
104 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:12:47.62 ID:hsY+Dxqp0
従軍手記というか回顧録?
>>104 そのほうが適切だったね
108 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:15:41.35 ID:y0+S2HYw0
その年の10月三合里から**線で**に送られた。丁度一年前歓呼の声に送られて
入隊した時に通った**線を、今は捕虜の身で戻るのである。沿線の景色は少しも変
わっていない。**は小学校時代過ごした××に近く、なじみのある土地だった。窒
素会社があり、われわれはその社宅に収容された。10畳の部屋に20名単位で入れ
られた。畳一枚に二人で寝ることになり、夜中に便所に行くともう寝る場所がなくな
る。特別に仕事はない、日課は「しらみ」とりぐらいである。
114 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:27:05.96 ID:y0+S2HYw0
ひと冬ここで過ごした。
人間どんな苦境にあってもその中で、楽しみを見つけるもので、各地の名物や郷土料理
に花を咲かせて空腹を紛らわしたり、「コックリさんコックリさん何時かえることが出来
ますか」と、あてもない希望をコックリさん遊びにその願を託していた。
8月8日ソ連が参戦して8月10日には雄基、羅津8月13日には清津とソ連軍は上陸、
ソ連の飛行機からは「ソ連は日本に宣戦布告セリ。ソ連軍は朝鮮人民解放のため進行する。
朝鮮人民は所在・所在で決起し日本人を殺傷せよ」のビラがまかれ復仇的拷問や、朝鮮独立
の歓声とともに法人に対する暴行事件が頻発していた。
115 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:27:09.70 ID:Z9GiXGQJ0
戦争中のことは誰にも何も語らず死んでいく爺さん多いからな
こういうのを残しておくことは意義がある
出来れば、爺さんが生きてるうちに公開することを説得してほしいけどな
後世に伝えることで、戦争中の体験もまったくの無駄ではなくなるだろう
118 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:30:02.32 ID:yMwmg5RQ0
ソ連軍はそのようなビラをまいていたのか…悲しいわ
122 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:35:21.05 ID:y0+S2HYw0
**には北のほうから避難してくる邦人がぞくぞくと流れ込み、女性は髪を切り顔を煤で
黒く塗りぼろぼろの衣服をまとっていた。男性は殺されているか、捕虜になっているかで
あまり見かけない。時折食料受領のために郊外に出た。南にのがれるために歩いてる避難
民に監視の目を盗んで米を袋に入れて投げる。見つかれば自動小銃で威嚇される。命がけ
だが、私たちが出来るせい一杯の行為であった。
5月興南の港から船に乗った。いよいよ日本に帰るのだ、途中自動小銃を手にしたソ連兵
に「モスクワ」ときくと「ニエット」と答え「東京」と聞くと「ダァー」と答える。船は夜半に
出帆した。朝起きて海を見ると船の左舷に島が見える、当然日本海の大海原にいるはずな
のに何故島が見えるのか・・・・。それでもまだ帰国を信じていた。それもその日の夕方
には完全に失望した。島影はその日一日船の左舷から消えなかった。朝鮮半島を北上して
シベリヤに送られていた。
とりあえず以上です。
123 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:36:23.73 ID:yMwmg5RQ0
これからがほんとうの地獄だ…
125 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:42:03.73 ID:LK9HmYwMP
俺の爺ちゃんもシベリアにいたとかいないとか
126 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:44:36.09 ID:y0+S2HYw0
仮に、まとめに載せるときは部隊名と平壌や新京といった著名な地名以外は伏せてお願いします。
あと、ロシア人は個人個人はいい奴だったとじいはいっていました。
ほんとはシベリア編のほうこそ伝えたかったけど、これについてはいろんな本が出てるし、興味を持った方がいたら調べてみてください。
たぶん、第2章は載せません。
では消えます。
じいごめんね、ありがとう。
あなたがあなたが頑張ったから今の私がいます。
こんな屑みたいな孫で本当にごめん。
129 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:47:17.09 ID:epdu6alu0
これってじいちゃんが最近書いたものなんだよね?
それなら人に見せるなっていうのは照れくさいからなんじゃないかな
とにかく>>1乙
いいもの読ませてもらった
145 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 16:58:15.03 ID:L2sr75dXO
貴重な話しをありがとう>>1
続きは気になるがじいちゃんとの約束なら仕方ない
146 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 17:04:31.05 ID:Z9GiXGQJ0
被害者としての経験を語るより
加害者としての経験を語るほうがよほど辛いだろうな
親戚の爺さんも上官の命令で捕らえた中国兵を銃剣で刺し殺したって言ってたわ
しかしそういう命令を下した上官が自分で語った話は聞いたことがない
148 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 17:08:27.72 ID:pSp2Qzlq0
命がけの親切とかじいちゃん凄いな
自分の身も危ういのに他人の心配ができるなんて
169 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 20:02:50.13 ID:jlCtaHkB0
>>1の文だけ抜き出して読んだ
面白かった
2章も是非別の機会にでも
まぁ、戦争なんて勝っても負けても一番割に合わないのは、下っ端だよな
171 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします:2010/01/27(水) 20:29:18.78 ID:Eo+Jhv6CO
2章も待ってる
この話は後世に伝えるべき
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コメント一覧
1. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 00:34
何とも言えない複雑な、感慨深い話でした。
>>1さんと「じい」さん、ありがとうございました。
シベリア編は、もし許可が貰えたらお願いします。
>>1さんと「じい」さん、ありがとうございました。
シベリア編は、もし許可が貰えたらお願いします。
2. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 00:40
面白いが、新聞社に持っていった方が良くない?
3. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 00:48
興味深い。
4. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 01:02
※2
そして日本が悪かったかのよう歪曲して新聞に載せるんですね、わかります。
そして日本が悪かったかのよう歪曲して新聞に載せるんですね、わかります。
5. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 01:07
糞まみれの新聞社の奴の手に渡す必要はねえよ
6. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 01:44
年寄りの昔話ってどうしてもぞんざいに扱ってしまうんだよな
今日もばぁちゃんが戦前の名古屋万博の話をしてたけど聞き流してたわ
今日もばぁちゃんが戦前の名古屋万博の話をしてたけど聞き流してたわ
7. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 04:43
行動自体事情が分からないと何とも言えない
>>146も「日本軍による加害」の例として「爺さんが上官の命令で中国兵を刺し殺した」事を挙げているが、その前後に何があったか(どういう事情でその中国兵は刺し殺されたのか)が分からない。
一番知りたいのは、個々の事例のそういう所(事情)の詳細だ。
8. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 04:56
いやいや・・新聞社に持っていってどうなるというんだ?(笑)
9. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 11:17
手記自体が貴重になってきてるからなぁ。
戦争体験を語らずに死んでいく人も多いしな。
戦争体験を語らずに死んでいく人も多いしな。
10. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 11:27
朝鮮保安隊ひでえ
11. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 13:54
爺さんも苦労したんだな・・・
12. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 18:30
仕官が遺した戦争体験記は戦争肯定になりがちだが
一兵卒で直接戦場に立った経験のある兵士の記述は
右翼・左翼双方に都合が悪いので大概の場合、発表はされない
一兵卒で直接戦場に立った経験のある兵士の記述は
右翼・左翼双方に都合が悪いので大概の場合、発表はされない
13. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月28日 21:51
そう言えば昔、親戚のおっちゃんが陸軍の航空隊で満州にいった話聞いたり、書道の師範の脚に受けた銃創見せてもらったりしたな。
これからはそういう体験をした人に簡単に会うことも出来ないんだろうなあ。
これからはそういう体験をした人に簡単に会うことも出来ないんだろうなあ。
14. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月29日 02:12
興味の有る奴は図書館に行け。
地域の(少なくとも県単位で)手記などをまとめた本が有る。
休み時間にそういう本読んでるけど、だいたいこんな感じ。
切った張ったの話は思い出したくないのだろうし、書くべきことでも
ないと考えているのか、はたまたカットされていのかわからないが
自分の読んだ本には記述されたものは無かった。
地域の(少なくとも県単位で)手記などをまとめた本が有る。
休み時間にそういう本読んでるけど、だいたいこんな感じ。
切った張ったの話は思い出したくないのだろうし、書くべきことでも
ないと考えているのか、はたまたカットされていのかわからないが
自分の読んだ本には記述されたものは無かった。
15. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月29日 23:53
シベリアも書くべきだな。
俺のじいさんもシベリアに行った一人だ。
2年前に死んだ。
シベリアについて語ったのは酔って1回だけ。
涙ながらに話していた。
そういう体験は残すべきで、新聞社よりもこういう場がいいと思う。
変な思想をはさむよりダイレクトに情報を流す方がいい。
俺のじいさんもシベリアに行った一人だ。
2年前に死んだ。
シベリアについて語ったのは酔って1回だけ。
涙ながらに話していた。
そういう体験は残すべきで、新聞社よりもこういう場がいいと思う。
変な思想をはさむよりダイレクトに情報を流す方がいい。
16. Posted by お茶好きな名無しさん 2010年01月30日 00:35
この頃の時代背景に興味が出てきた。
教科書やネットだけでは不充分だから、もっと詳しく調べてみようと思う。
教科書やネットだけでは不充分だから、もっと詳しく調べてみようと思う。
17. Posted by お茶好き名無しさん 2010年02月05日 12:31
手記って古本屋祭りみたいので、たまにでてるよな
解読するのがメンドイから買わないけど1kぐらいだったかなぁ
解読するのがメンドイから買わないけど1kぐらいだったかなぁ
18. Posted by お茶好き名無しさん 2010年02月09日 15:43
興味深かった。
>>1は発表してくれてありがとう。
管理人は編集してくれてありがとう。
もっと聞きたいものだ。
>>1は発表してくれてありがとう。
管理人は編集してくれてありがとう。
もっと聞きたいものだ。
19. Posted by お茶好き名無しさん 2010年02月09日 21:24
マジで、こんな糞スレのせんなよ、売国奴が
そもそも、偉大な皇軍でイジメなんかあるわけねえし、残虐な戦争犯罪なんかは全てが
左翼連中が戦後に捏造したものに決まってるじゃん
そもそも、あの戦争自体がソ連とアメリカと中国によって仕組まれた陰謀なんだし、愛国的でまともな歴史家の本なんかにはちゃんとそうした事実が書かれてるんだよ。知ってたかか馬鹿ゆとりどもw
ニコニコ動画とか2chとかを使ってもっと歴史の真実をお前らやこのスレにいる馬鹿どもは勉強すべき
そもそも、偉大な皇軍でイジメなんかあるわけねえし、残虐な戦争犯罪なんかは全てが
左翼連中が戦後に捏造したものに決まってるじゃん
そもそも、あの戦争自体がソ連とアメリカと中国によって仕組まれた陰謀なんだし、愛国的でまともな歴史家の本なんかにはちゃんとそうした事実が書かれてるんだよ。知ってたかか馬鹿ゆとりどもw
ニコニコ動画とか2chとかを使ってもっと歴史の真実をお前らやこのスレにいる馬鹿どもは勉強すべき
20. Posted by お茶好き名無しさん 2010年02月10日 05:20
↑なにこのひと気持ち悪い…
21. Posted by お茶好き名無しさん 2010年02月25日 22:57
お勧め
「新兵サンよもやま物語」(シリーズモノ) 富沢繁
内務班(兵隊の宿舎)での生活が細かく乗っている、おもろい。スレにも出てた員数あわせの話とか、エピソードの羅列で当時の兵隊もいろんなやつが居たのが分かる。
「ある初級将校の敗戦日記」 吉富利通
中国内陸部で戦争してた著者の日常の話。こんな気の抜けた平和な戦記はあんまし見たことない。戦場も場所によって色々なのが分かる。あんまり、というかほとんど敵のやってこない戦線で、交戦時以外の軍隊のやってることが分かる。最高におもろい。
「シベリア抑留記」 吉富利通
上の続き。シベリアでの捕虜の日常がよく分かる一冊。全体的に淡々として、恨み節とか訴えとかそういう余分なものが無くて資料としても貴重。花輪義和の「刑務所の前」とかそんな感じを創造して欲しい。
戦争体験モノは色々呼んだけど今のところ他人に進めれるのは上の3つくらい。
手記や小説、色々あるけどピンキリ。素人作家とかも多いので文が下手だったり。印象的なのは、ノンフィクションっぽくかいてたのに途中から自分の恨みで牟田口を殺す歴史ファンタジーにしちゃったりしてるしょうがないモノとかも合ったりするw
「新兵サンよもやま物語」(シリーズモノ) 富沢繁
内務班(兵隊の宿舎)での生活が細かく乗っている、おもろい。スレにも出てた員数あわせの話とか、エピソードの羅列で当時の兵隊もいろんなやつが居たのが分かる。
「ある初級将校の敗戦日記」 吉富利通
中国内陸部で戦争してた著者の日常の話。こんな気の抜けた平和な戦記はあんまし見たことない。戦場も場所によって色々なのが分かる。あんまり、というかほとんど敵のやってこない戦線で、交戦時以外の軍隊のやってることが分かる。最高におもろい。
「シベリア抑留記」 吉富利通
上の続き。シベリアでの捕虜の日常がよく分かる一冊。全体的に淡々として、恨み節とか訴えとかそういう余分なものが無くて資料としても貴重。花輪義和の「刑務所の前」とかそんな感じを創造して欲しい。
戦争体験モノは色々呼んだけど今のところ他人に進めれるのは上の3つくらい。
手記や小説、色々あるけどピンキリ。素人作家とかも多いので文が下手だったり。印象的なのは、ノンフィクションっぽくかいてたのに途中から自分の恨みで牟田口を殺す歴史ファンタジーにしちゃったりしてるしょうがないモノとかも合ったりするw
22. Posted by お茶好き名無しさん 2010年02月27日 23:38
※19
これはヒドい印章操作
さすがネトサヨ汚い
これはヒドい印章操作
さすがネトサヨ汚い
23. Posted by お茶好き名無しさん 2010年03月04日 05:42
※19
どこを縦読み?
どこを縦読み?
24. Posted by お茶好き名無しさん 2010年03月08日 17:16
シベリア抑留ならここおすすめ
旧ソ連抑留画集 ~ 元陸軍飛行兵 木内信夫
kiuchi.jpn.org/nobindex.htm
旧ソ連抑留画集 ~ 元陸軍飛行兵 木内信夫
kiuchi.jpn.org/nobindex.htm
25. Posted by お茶好き名無しさん 2010年03月09日 18:08
※21
>当時の兵隊もいろんなやつが居たのが分かる。
これに気づくのが結構大事なんだよな。
戦時下の日本人全てが「一億玉砕」イデオロギーに
染まりきってたんだと思ってたりする人がけっこういるから。
どんな時代でも、実際の人々はそんなにバカじゃない。
>当時の兵隊もいろんなやつが居たのが分かる。
これに気づくのが結構大事なんだよな。
戦時下の日本人全てが「一億玉砕」イデオロギーに
染まりきってたんだと思ってたりする人がけっこういるから。
どんな時代でも、実際の人々はそんなにバカじゃない。
26. Posted by お茶好き名無しさん 2010年03月10日 23:14
俺の爺さんはニューギニア戦線の生き残りだ
工兵で基地を作るのが仕事だったので前線にでなかったから生き残ったそうだ。
若いながら隊長を務めていたらしい爺さんは、仲間に恵まれていたらしい
赤痢にかかって苦しんでいた時、仲間の人肌で暖めてもらっていたそうだ
だけど、帰国した時、中国人と爺さんの二人だけだったらしい
一緒に寝食を共に過ごした仲間が一人又一人いなくなっていく事を想像してみてくれ
もう仲間の所に行ってしまった爺さんは、最後まで戦争の体験談を話してくれなかった
これも、婆さんから聞かせてもらった事なんだ。
爺さん辛かったんだろうな
工兵で基地を作るのが仕事だったので前線にでなかったから生き残ったそうだ。
若いながら隊長を務めていたらしい爺さんは、仲間に恵まれていたらしい
赤痢にかかって苦しんでいた時、仲間の人肌で暖めてもらっていたそうだ
だけど、帰国した時、中国人と爺さんの二人だけだったらしい
一緒に寝食を共に過ごした仲間が一人又一人いなくなっていく事を想像してみてくれ
もう仲間の所に行ってしまった爺さんは、最後まで戦争の体験談を話してくれなかった
これも、婆さんから聞かせてもらった事なんだ。
爺さん辛かったんだろうな
27. Posted by お茶好き名無しさん 2010年03月16日 10:43
うちの爺ちゃんもシベリア抑留経験者。
小便するときはトンカチもって出るんだぞwwwって
笑い話はしてくれたけど、
詳しい内容は絶対に話してくれなかった。
ものすごく辛いことで語りたくなかったそうだ。
結局聞けないままの自分たちからすると、
語り継ぐって大切なことだと思う。
聞かないまま、じいちゃんもばあちゃんも
皆亡くなってしまったよ。
小便するときはトンカチもって出るんだぞwwwって
笑い話はしてくれたけど、
詳しい内容は絶対に話してくれなかった。
ものすごく辛いことで語りたくなかったそうだ。
結局聞けないままの自分たちからすると、
語り継ぐって大切なことだと思う。
聞かないまま、じいちゃんもばあちゃんも
皆亡くなってしまったよ。
28. Posted by お茶好き名無しさん 2010年03月17日 23:47
年寄りすげえな。戦争の経験あるもんな。
それに比べて俺らの経験って・・・
年寄りを軽視しすぎてた猛省します。
日常の悩み、なんかすっとんだ。
小さすぎるw
>>1 ありがとう。
なんか良い気分で彼岸に入れるわw
それに比べて俺らの経験って・・・
年寄りを軽視しすぎてた猛省します。
日常の悩み、なんかすっとんだ。
小さすぎるw
>>1 ありがとう。
なんか良い気分で彼岸に入れるわw
29. Posted by お茶好き名無しさん 2010年03月19日 04:54
昔拉致被害者関連で
大阪の御堂筋で「朝鮮総連から税金を取れ」デモ行進に参加したことあるが
シベリア送りだった老人も、一緒に行進してた。
終点ついたら「ソ連が条約破りやがって」と、静かに怒ってたな。
中国残留孤児は聞くけど、朝鮮残留孤児が存在しないとこに、朝鮮人の酷さを感じる。
台湾は日本帰る時、見送ってくれたようだけど。
大阪の御堂筋で「朝鮮総連から税金を取れ」デモ行進に参加したことあるが
シベリア送りだった老人も、一緒に行進してた。
終点ついたら「ソ連が条約破りやがって」と、静かに怒ってたな。
中国残留孤児は聞くけど、朝鮮残留孤児が存在しないとこに、朝鮮人の酷さを感じる。
台湾は日本帰る時、見送ってくれたようだけど。
30. Posted by お茶好き名無しさん 2010年03月22日 21:58
戦争って悲しいな…。
うちのじいちゃんも話してくれない。一度だけ酔っ払った時に勲章10個ぐらい見せてくれたけど、すぐ後で泣いてた。
うちのじいちゃんも話してくれない。一度だけ酔っ払った時に勲章10個ぐらい見せてくれたけど、すぐ後で泣いてた。
31. Posted by お茶好き名無しさん 2010年03月31日 04:08
>>26
おお、おれのじいちゃんもニューギニア帰りだよ
自動車隊にいた
じいちゃんも、隊長とじいちゃんの二人しか生きて帰れなかったようだ
最後まで教育勅語を大切に保管していた立派なじいちゃんだった
おお、おれのじいちゃんもニューギニア帰りだよ
自動車隊にいた
じいちゃんも、隊長とじいちゃんの二人しか生きて帰れなかったようだ
最後まで教育勅語を大切に保管していた立派なじいちゃんだった
32. Posted by お茶好き名無しさん 2010年04月03日 19:58
自分の爺様も平壌行って、でシベリアに抑留されたみたい。
爺様の家行った時履歴書見て知った。
抑留中ロシア語少し覚えて通訳みたいなことしたって行ってたなあ
どうやらシベリヤは無茶苦茶さぶくて糞が凍るってさ。
春には溶けて流れていったって、、、うろ覚えなんだよね。今度みっちり話きこうと思う
爺様の家行った時履歴書見て知った。
抑留中ロシア語少し覚えて通訳みたいなことしたって行ってたなあ
どうやらシベリヤは無茶苦茶さぶくて糞が凍るってさ。
春には溶けて流れていったって、、、うろ覚えなんだよね。今度みっちり話きこうと思う
33. Posted by お茶好き名無しさん 2010年04月11日 15:06
新聞社に持っていけってやつがいるが、それだけは止めとけ。
恣意的に扱われるし、市民や研究者に公開しない。
もし外に出すなら、公立の博物館・資料館か、
または各自治体の「○○市史編さん室」ってとこに寄託するのがいいよ。
役所に聞けば教えてもらえるから。
大袈裟じゃなく、マジで歴史の貴重な証言なんだから、
公共機関にきちんと保管してもらったほうがいい。
少なくとも、絶対に捨ててはいけない。
恣意的に扱われるし、市民や研究者に公開しない。
もし外に出すなら、公立の博物館・資料館か、
または各自治体の「○○市史編さん室」ってとこに寄託するのがいいよ。
役所に聞けば教えてもらえるから。
大袈裟じゃなく、マジで歴史の貴重な証言なんだから、
公共機関にきちんと保管してもらったほうがいい。
少なくとも、絶対に捨ててはいけない。
34. Posted by お茶好き名無しさん 2010年04月14日 14:09
現物をどこかに寄贈するにしても(あるいはしなくても)、スキャンしてデータ化しておいたら良いと思う。
35. Posted by お茶好き名無しさん 2010年05月20日 22:07
手記そのものよりも、生きていてまともに会話できるご老人が大事。
この間、潜水艦の艦長が98ぐらいで普通に話してたのに感動した。
この間、潜水艦の艦長が98ぐらいで普通に話してたのに感動した。

